FlatfishGardenの泡 2nd

KOSHU178の日記

付加情報による感じ方の違い

ツタヤで借りた「陽気なギャングが地球を回す」を観た。


音楽や美術等テクニカルな部分の感覚がちょっと新鮮だったので、スタッフのプロフィールを見るとやはり30代が多い。表現の面で、若さを感じる映画だった。
(ストーリーや演出は・・・原作は面白いらしいですね。(^^;)


んで、冒頭に10分くらい超派手なカーチェイスがあるんだけど
最初は「おおっ!」とびっくりしたものの、途中で「なんだCGじゃん」と思った瞬間からつまらなくなってしまった。


CGかどうかは目に入る刺激としては関係ないのに。


この時思い出したのが1980年代のいすずジェミニのCM。
「街の遊撃手」のキャッチコピーと共に繰り広げられる超絶カースタントが売りのシリーズ。地下鉄と並走したり、川をジャンプして飛び越えたり、片輪走行で街中を走り回ったり。
世界一のスタントチームを起用した実写だ。
(ランデブー走行はジョイントを使ってくっつけてたり、地下鉄の入り口は狭かったので使用したのは地下道の入り口だったりという小細工はあるけど)


おそらくこれをCGで再現するのは今なら簡単なのだろう。
(それなりに時間と手間はかかるだろうけど)
が。「実写かCGか」という付加情報によって感じ方が全然違う。
どちらが記憶に残るかは言わずもがな。




上海雑技団の演技も、生身の人間がやるからこそ感動する。
超絶ピアノソロだって、ウチコミと解ったら(聴き分けが困難なくらいの高レベルでも)興ざめだろう。


CGやウチコミが進化する過程でのトライアルは面白かった。
「こんなこともできるのか!」
「こんなの見た事(聴いた事)ない!」
という発見と興奮が作り手にも受け手にもあった。


しかし、バーチャルな表現が現実と識別困難なくらいのレベルに
成熟して来た昨今。その技術と付き合うセンスがシビアに問われる。
「使う/使わない」を含めて。