山下毅雄/「せえの」で作られたTV音楽
山下毅雄さん(やました・たけお=作曲家)が21日、脳血栓で死去、75歳。
彼のバイオグラフィーは以下の場所。
http://www.rtm.gr.jp/yamatake.html
私の音楽原体験はアニメを筆頭とする「テレビ番組の主題曲」だ。
同世代以降の多くは大抵そうだろう。
(昨今の若者は物心つく前からロックやジャズが居間に流れていて、
親の楽器で普通に遊んで育っているが、私が子供の頃の一般家庭では、
音楽はほぼ「テレビとラジオのみ」からやってきた。)
山下氏は多くのテレビ番組主題曲を作って来た。
「スーパージェッター」(未来の国からやって来た・・)
「悪魔くん」「ジャイアントロボ」
「ルパン三世(エンディングテーマ)」(足もとにからみつく・・)
「冒険ガボテン島」「ガンバの冒険」
「プレイガール」「プレイガールQ」
「七人の刑事」「一匹狼(ローンウルフ)」
「大岡越前」「鬼平犯科帖」
「佐武と市捕物控」「クイズタイムショック」
「涙から明日へ(時間ですよ)」(なぜひとりゆくの・・)etc.
「ヤマタケ☆デラックス」という本が2000年に出版されている。
- 出版社/メーカー: ブルースインターアクションズ
- 発売日: 2000/03
- メディア: 単行本
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ヤマタケ氏の言葉。
「まあ(テレビ局の)廊下を歩いているだけで仕事が増えるという時代ですから・・・作曲家が少ない。5人ですから。右に左に頼んでぱっと答えられる人というか、テレビの需要に耐えられた人、そういう引き受け方ができた人が5人ですから。」
耐えられた人が5人しかいなかった
…という当時の「テレビの需要」とは例えばこんな感じらしい。
「『東芝日曜劇場』ですと、水曜日に試写を観て木曜日に録音なんです。」
「『ガンバ』の劇中音楽の作曲時間はどのくらいでしたか?」
「2時間です。」
「60数曲を2時間で?」
「書けますよ。僕の書き方なら。
それで、60数曲のつもりでも、80くらいには簡単になりますよ。」
「例えばテーマのメロディーがあるとして、
それを現場でヘッドアレンジしつつ録音するという感じですか?」
「そういうことです。
メンバーの出す音を聴いてから『こういう風に変えよう』とか。」
60曲を2時間で作曲する!?
それって、録音実時間よりも短いじゃん。(驚)
昨今の「打ち込み音楽」では物理的にも絶対不可能。
テレビ音楽に限らず、当時の録音は「せえの」だった。
「せえの」とは「合奏」をそのまんま2チャンネル(orモノラル)にまとめて録音すること。
(メインボーカルだけは「ダビング」という場合も多かったようだが、
少なくとも楽器の演奏は一発録音だ。)
演奏をバラバラに録音してゆく「多重録音」はビートルズの中〜後期で初めて試みられた最先端技術という時代。(「打ち込み」が普通に使われだすのは1980年代以降だ。打ち込みが商業音楽の主流になった80年代中盤以降に物心がついた人は、音楽原体験が「機械によって作られた音楽(特にリズム隊やストリングス)」になっている訳だ。そう考えると、「全て生演奏&一発録音」の音楽だけで育ったのは僕らの世代から少し下までという事も言える。)
ヤマタケ氏の作法は、プレーヤーの演奏を聴きながらその場で指示して行くというものだったから、膨大なバリエーションを短時間のうちに録音可能だったのだ。録音に集められたミュージシャンがアドリブのきく当時のジャズ系トッププレーヤーだからこそ可能だったとはいえ、サウンドを瞬間的に判断し的確な指示を与え続ける能力と集中力は常人のものではない。
ちなみにテレビドラマなどの「劇伴(劇中音楽)」の録音は、
現代でも「せえの」の手法が比較的多く使われていると思われる。
時間と予算の配分を考えると、いちいち「マルチ録音してからミックスダウン」
などという悠長な事はしていられない。
「せえの」とは、例えばこんな感じ。
アレンジャーがスコアを数十曲分用意する。
各楽器のプレーヤーの入りと拘束時間を効率よく決める。
最初の曲を1〜2度通して演奏してみる。
その間にエンジニアはマイキングとバランスを決める。
アレンジャーは写譜ミスなどをチェックしつつ、全体のニュアンスを指示する。
スコアは大抵数時間前に(下手すると現場で)完成したばかりだから、
当然全曲「初見」である。
(ドンカマを使わず)指揮者がいる場合は、ストップウォッチを見ながら時間を
ぴたっと合わせるように曲中でテンポを調整。
昔はスタジオにフィルムを映写しながらそれに合わせて指揮をしたそうな。
30分もたたないうちに1曲目がステレオマスターに録音される。
その後は、加速度的にどんどこどんどこ録音しまくる。
必要がなくなったパートの人から先に「お疲れさま〜」と帰る。
別のパートの人たちが「おはようございま〜す」とやってくる。
どっかでつまづくと、全てのタイムスケジュールが狂うから失敗は許されない。
こんな感じで数十曲分のマスターテープが1日で完成してしまう。。。
作編曲者、演奏者、エンジニア、、、、それぞれに非常に高度なスキルが要求される、
まさに「おそるべき職人芸の集大成」と言えるものである。
そんな風に作った音楽が、たった1度オンエアされただけで消えてゆく。
殊に昔は「再放送」「ビデオ化して2度美味しい」なんてこともなかったから、
ほとんど全ての音楽がそうやって作られ、消えて行った。(*)
なんて贅沢なんだろう。。。
しまった、、脱線した。
私が「ヤマタケ」さんを意識したのは1999年の大友良英氏のアルバムを聴いてから。
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参加メンバーが
菊池成孔、芳垣安洋、津上健太、南博、今堀恒夫、鬼怒無月、遠藤賢司、
坂本弘道、山本精一、水谷浩章、千野秀一、ナスノミチル、、、、
伊集加代子、チャーリー・コーセイ
ヤマタケさんの音楽を聴いて育った大友氏が真摯に作ったラブレター的アルバム。
ポップとアヴァンギャルトと懐かしさがミックスされていて衝撃的だった。
パンクすぎるエンケンの「ジャイアントロボ」には笑ったまま顔が固まるし、
天鼓のエロイムエッサイムは鬼気(悪魔気?)迫って怖すぎるし、
鬼怒のフォークギターをバックに山本精一が唄う「涙から明日へ」も素敵だ。
特に「涙から明日へ」は、つい最近山本氏の最愛のパートナーだというチャイナさんが
米で事故死してしまったのともリンクして、、心にしみ過ぎる。
(*)補足:この部分、「単発ドラマ」と「シリーズ物」を混同してました。
『たった一度のオンエアで消える』のはもちろん「単発ドラマ」などの話。
アニメなどシリーズ物の場合、「メインテーマ」「テーマのバリエイション」が基本で
様々なバリエイションが数十曲以上録音され、ストックされます。
番組の演出家がその回ごと場面場面に合わせてストックの中から
(「追跡のテーマ」「なごやか」「驚く」「悲しみのテーマ」「戦いのテーマ」などなど)
曲を選んで使用します。
補足2:補足1の補足です。
一般的には上記の通りなのですが、ヤマタケさんの場合は「追跡のテーマ」とかは作らずに、「作ったものをどうぞご自由にお使いください。」だったそうだ。バリエイション指定する発注をされたことは一度もなく(!)、ヤマタケさん自身が「このくらいあれば足りるだろう」という曲数を自分自身で決めて録音したとのこと。
彼がかなり特殊なポジションにいたことが想像される。
<2006 3/25 追記>
大友氏はこの「斬る」の内容をライブ演奏したそうだ。
http://d.hatena.ne.jp/otomojamjam/20060317
ベルリンで!しかも超満員の聴衆に絶賛を受けたらしい。
素晴らしい!!
これも一つのリサイクル?・・いやいや「文化」って、つまりこういうことでせう。